第2章 ガイドの適性とプロガイドの条件

シーカヤック

ガイドは一般的な基礎体力があれば誰でもできる仕事です。しかしながらプロガイドとして自立できるレベルに至る人は一握りです。では、プロになるには何が必要なのか。ガイドにはどんな人が向いているのか。これまでの失敗や経験を元に掘り下げてみました。

ガイドは自然相手ではなく、人が相手のサービス業

過去にガイド募集した時の話し。なんでガイドやりたいんですか?の質問に対するAくんの答え。
「いやー自然が好きなんですよね。だからガイドもできると思うし、向いてると思うんです。」

はっきり言います。海ではそういう人が一番危ないんです! 確かに「自然が好き」というのは応募動機としてはもっともな感じがするし、間違ってるわけではありません。が、ガイド「業」としては完全にミスマッチです。なぜならガイド業の本質は「人が相手のサービス業」だからです。しかも、気持ち良さや楽しさ、喜びや感動といったカタチのないものを売るエンターテイメント性のあるサービス業。更に、お金をいただく以上はお客様を楽しませることがプロガイドの使命。

したがって「自然が好き」というよりは「人が好き」あるいは「人を喜ばせたり笑わせることにやり甲斐を感じる」といったサービス精神旺盛な方や、ホスピタリティーマインド溢れる方に向いてる職業といえます。ついでに言っておくと、水辺のガイドは水の上の接客業ゆえ 「水商売」 とも揶揄されることもありますが、ガイドもホストもカタチは違えど、誰かを楽しませるという点においては、根っ子にあるプロ根性は共通するものだと思います。そういう意味ではとても「人間くさい仕事」だと思います。

それと「自然が好きだから」というのはよくわかるんですが、自然が嫌いな人っているのだろうか。虫が嫌いな人はいても、自然が嫌いな人はいないと思うんですよね。つまり、自然が好きでは動機にならない。それよりはむしろ「海や自然が怖いから」あるいは「海に対する憧れがある」と言う人の方が説得力があるし信用できる。海に対する怖さを克服いたい。海に対する憧れの中身は、自分の弱さを克服することに対する憧れでもある。だから挑戦したい。そして、自らの挑戦する姿勢や生き方を通して、誰かを元気にしたり笑顔にできたらいいな。そういった自分に嘘をつかない正直な人。自信はないけど本気でなにかを掴みたいと思っている人にこそ、真の強さや可能性を感じます。

というのも、泳ぎが苦手だから、あるいは泳げないからカヤックをはじめたという人も少なくないのです。要するに逆説なんです。好きだからやってるというよりは、苦手だからやっている。苦手意識を克服したり、もっと上手くなりたいと思うから続けている。そして、続けているうちにだんだん上手くなっていく成長の過程が痛快なのであり、そうした過程を乗り越えてはじめて 「好き」 が本物になるんだと思うんです。

でも、イメージではじめた人や、あーこんなもんか、簡単だな。と思った人はそれ以上の成長がないから長くは続かない。そしてなにより、海では「できる」という根拠の無い自信や「できるかも」という曖昧さが怖い。それよりは、できなくてもいいから「できることとできないこと」を明確に理解し、自分にできる範囲で無理せず行動できる人の方が遥かに安心感があるし信頼できる。なおかつ、他者から見て一歩一歩成長してゆく実感もある。成長の過程を通じてその人の人間性も見えて来るし、そこではじめて「信用」という価値ある財産を手に入れることができる。

以上まとめると、大切なのは「あれができるこれができる」といった自己顕示ではなく、成長していきたいと望む愚直な志があるかどうか。自分に嘘をつかない素直さとそれを乗り越えて行こうとするビジョンがあるか。最終的にはそうした心が実力なんだと思います。

カヤックツアー
ガイドは自然の中に人を案内し、楽しんでもらうことが仕事だ。自らの成長と共に笑顔が増え、感謝が増える。
自らの成長が直接反映されるところが、人間相手のガイド業のおもしろさのツボでもある。

ガイドはビビリなくらいで丁度いい

ところで、アウトドアガイドってどんなイメージ? もしかすると「アウトドアガイド=無骨でワイルド」あるいは「冒険家」なんてイメージもあるかもしれません。

しかし、これはメディアが商業活動のために創作した勝手なイメージであって、実際のガイドはそのへんにいる「いたって普通のおじさん」であることがほとんど・・・。まぁシーカヤックガイドに関しては海好きのおじさんに毛が生えたような感じですが、実際のところはワイルドというよりはチャイルド。(理想はジェントル)荒々しいというよりは恐がり。というか、一般的に「ワイルド=荒々しい、野生的」などといった意味で使われますが、いつ何時敵に襲われるやもしれぬ野生の本質は「絶えず慎重であること」これを置き換えると、適性としては石橋をたたいて渡る的な「慎重な人」あるいは「ビビリ」な人の方が向いてるし、安全管理上重要な要素でもあります。

車で例えるとわかりやすいのですが、ブレーキの無い車を想像してみてください。どんなにかっこいい車でもブレーキが無い車には絶対に乗りたくないです。つまり、ブレーキがあるからスピードが出せる。制御装置があるから安全に走行できるのです。人間も同じでブレーキをかけない人の車には乗りたくない。もっとも、ブレーキ踏みまくる人の車にも乗りたくないですが・・・。

つまり、ガイドは冒険家ではありません。そして海を旅することも冒険ではありません。確かに海には冒険性はありますが、冒険と冒険性は違います。冒険は「険(困難)を冒す」と書きますが、ガイドは「険を回避する」ことが仕事なので冒険はしません。また、海には「危険な状況」や「危険な場所」というのはあっても、海そのものが危険なわけではありません。「危ないな」と思う時は、海に出なければいいし、ヤバそうな場所には近づかなければいいだけのことです。常に平和な場所を探す。平和な道を案内する。それがガイドの仕事です。

誰でもできるが誰でも続かない

シーカヤックガイドは一見すると特殊な仕事のように見えますが、実は一般的な基礎体力があれば誰でもできる仕事です。(はじめる段階では経験や知識はいらないという意味です)逆に言うと、誰でもできるからツアーが成立しています。つまり、カヤックそのものは単純です。基礎的な技術は3ヶ月もあればほぼマスターできます。したがって、湾内におけるベースツアーに関しては 3ヶ月もあればガイドデビューを果たすことができます。

ただし、外洋を往くフリースタイルなツアーを行う場合、あるいは自他共に認めるプロガイドを目指すのであれば、目安としては最低3年。時間に換算して3000時間、距離にして1万キロ以上の航海経験は必要です。3000時間を逆算すると一日6時間海に出たとして500日かかるので、一年で170日ほど海へ出る計算です。170日というのは専業の漁師並、あるいはそれ以上の数字ですが、そのくらい海に出ないと「海そのもの」を理解することはできないと言うことです。漁師もガイドもその点は同じです。要するに「知ってる」と「理解してる」その間には大きな違いがあるということ。ここが、誰でもできるが、誰でも続かない理由です。

なお、上記の数字は自身の経験を元にした感覚的なものなので個人差はあると思いますが、経験を通して言えることは、3000時間を過ぎるまでは正直きつい時間となります。海に翻弄される時間といってもいいでしょう。思うようにコントロールすることができなかったり、荒波に揉まれて逃げ出したくなることもあると思います。しかし、3000時間を過ぎたあたりからは心に余裕が生まれ、平常心を維持できるようになります。カヤックが体の一部のようになり、感覚的に海との距離感もグンと縮まってきます。感覚が鋭くなって海を自在に駆け巡る深い喜びが味わえるようになります。一人で遠征に出かけたり、漕ぐことそのものが楽しくなってきます。フィールドが広がるに従い、夢も広がっていきます。ここがプロとしてのスタートラインです。心理的に不安の無い状態。逆から見て「安心感」がある状態。第三者から見て、安心感や信頼感があるかどうかがプロガイドに求められる価値であり条件です。

プロガイドの条件

最後に、海での安全を守るカヤックガイドにとって、然るべき技術を身につけていることは前提ですが、間違ってほしくないのは、カヤックが上手いとか下手とか、技術がプロの条件ではないということです。極端なことを言えば、カヤックが下手でもゲストを楽しませ、笑顔にすることができたらプロであり、どれだけ上手くてもゲストを楽しませることができなければプロではありません。それは単なるマニアです。つまり、大切なのは技術ではなく心。ゲストを楽しませようとするホスピタリティーと想像力。そして最後はベタな言い方ですが、プロ根性だと思います。

それと、プロになるためには、目安として3000時間の経験が必要と言いましたが、これはあまでステップであり、より確実なものにするためには、更に「1万時間」、そして一つのことを極めるためには累計「3万時間」の修練が必要だということも付け加えておきます。この数字はガイドに限らずあらゆる業界でプロになるために必要とされる定説ですが、かのビートルズでさえもデビューするまでには10年に及ぶ1万時間の下積み時代があったと言います。

つまり、3000時間までは徹底的に基礎を学ぶ時間であり、そこから1万時間に達するまでは自分なりの努力や研究を重ねる時間。それを乗り越えてはじめて始めて本当の意味でのプロとしての入口に立つことができる。これは武道の教えでもある「守破離」の思想にも通じるものです。まずは「守」徹底的に基礎を学び、「破」独自の工夫や改善を加え、「離」自分のものにする。つまり、プロになるための条件はただ一つ。続けること。

実際僕たちも1万時間を達成するのに足かけ10年の時間がかかりました。長い道程でしたが結果は定説通りでした。3000時間を過ぎたあたりから徐々に余裕が生まれ、1万時間を消化したあたりから、更に深い喜びをや楽しさを感じられるようになりました。総じて、はじめることはだれにでもできるが、続けることは誰にでもできない。続けることがプロであり続ける唯一の条件だと思います。

シーカヤック
感動的なシーンに出会った。が、お客様が見ている光景は偶然のように見えて偶然ではない。天気と時間と場所の組みあわせによって導き出される最高のシーンをイメージし、その瞬間、その場所に案内しているのだ。つまり、偶然に見える光景はガイドの想像力が生み出す光景である。一瞬の感動求めて海を彷徨い感動をメイキングする。それがシーカヤックガイドの仕事だ。