仕事概要
具体的には、春から秋にかけての夏場は「海のツアー」(シーカヤックツアー)が中心となり、晩秋から春先までにかけての冬場は、トレッキングや遍路、島歩きツアーなどの「陸のツアー」が中心となります。詳細は以下の通りです。
勉強と経験を積み重ねることが仕事
上記の内容が大まかなガイド業務の内訳ですが、いずれの業務もガイドとして現場に立つまでには、幅広い知識や専門技術を要するため、当面の間はガイドのアシスタント業務を担いながら、練習を重ねて技術を身に付ける。加えて、フィールドワークや遠征に出かけるなど、勉強や経験を積み重ねることが実質的な仕事となります。もちろん基礎となる技術はゼロから指導しますので、ガイドをはじめるにあたり経験は一切必要ありません。実際ぼくたちもど素人からのゼロスタートだったので心配はいりません。学ぶ意欲と志さえあれば誰でもガイドにはなれます。ただし、基礎をある程度マスターした後は、自分なりの創意工夫を重ねてガイドディングに磨きをかけていくのがプロの世界です。武道で例えるなら「守破離」の精神。まずは「守」基礎を徹底的に学び、「破」自分なりの創意工夫を持って試行錯誤と改善を繰り返し、「離」自分独自のものにする。という流れです。
一応の目安としては、カヤックのベースガイドとしてデビューするまでが、3ヶ月から1シーズン。陸のツアーに関しては2シーズン。そして、全てのツアーを行うレベルに至るまで、あるいはプロとしてスタートラインに立つまでには最低3シーズンはかかります。つまり、ガイドはプロのスポーツ選手、あるいはミュージシャンやタレント、カメラマンや作家と同様の、個性と才能で勝負する専門職であり、その道のスペシャリストだということです。
したがって、業界の慣習的にはインターン(研修生)として働きながら仕事を覚え、自らを律してガイドになる。あるいは、お金を貯めてガイドとして独立する。というのがセオリーです。つまり、ガイド(シーカヤックガイドに限って言えば)を正社員として正規雇用(通年雇用)をしている会社は全国どこを探してもありません。(個人事業が主体なので会社組織で活動しているところはほとんとありません)ただ、這い上がって来い!といっても今のご時世なかなか前に進まないのも事実。そこで、無理を承知で正規雇用を行い、時間をかけてプロガイドを育成してみたいと考えています。
シーズンの波を乗り越える
季節を問わず一年中お客さんが来てくれるなら、これほど楽しい仕事はないとも思いますが、問題は観光には大きな「シーズンの波」があるということです。実際、夏場のハイシーズンは溢れんばかりのお客様がどばっと押し寄せますが、冬場は波が引くように一気に少なくなります。したがって、ガイドの働き方としては春から晩秋までの半期に集中してガッツリ働き、冬場はぼちぼちツアーを行いながら、準備や自己研鑽に時間を当てる。あるいは、カフェを手伝ったり、新商品の開発を行ったり、新規事業の立ち上げを試みたり。というのが毎年のルーティーンとなります。
いずれにしても、冬場をどう過ごすかは未だ確立されておらず、加えて個々の得意分野や向かいたい方向などによってもやるべきことや仕事内容は違ってくるだろうし、どのくらいの収入がほしいのかによっても働き方※2は変わってくると思います。(固定給はあるけど、ボーナスは業績次第で変わってくる)というわけで、当面はカフェを手伝いながら、どのような道を歩むのか。もがき楽しみ(苦しみ?)ながら暗中模索を繰り返すことがガイドの宿命というか仕事のようなもの・・・。
でもね、目に見えない緊張感や紆余曲折が人間を強くするというか、栄養になるというか、自分を磨くというか、そうした苦しい状況の中で起ち上げた一つが「こまめ食堂」なんですが、遠回りのようだけど収益基板が安定してきたおかげでようやくガイドが雇えるようにもなったんです。ただ、それはそれとして波は毎年やってくるし、新たな波を捕まえるためにも試行錯誤は続けなきゃなんない。波を捕まえるセンスを磨いておくことが大切なんです。チャンスはどこで来るかわかんないから。
生き方がまんま仕事です
サーフィン界のレジェンド「ジェリー・ロペス」はこう言ってる。大きな波に乗るための条件はただひとつ。「ただひたすら耐えること」実際、一瞬の大きな波に乗るためには、海の中で何時間も待ち続けなければならない。待てば必ず乗れる。そこで死ねたら本望だよね。とも言ってる。つまり、命がけで壁に向き合わなきゃ大きな波には乗れない。そして一瞬の感動を得るためにどれだけ辛抱できるか。そうした生き方が一番重要なんだと。もちろんレジェンドみたいな生き方は凡人のぼくらには難しいけれど、何かに向かい合う姿勢や生き方に人が引きつけられるのだとしたら、そうした生き方を選ぶことはできると思うし、それがガイドにとっても一番大事な生命線になると思う。
尽きるところ、お客さんが遊びに来てくれるまでは海や島のチカラであり、お店や会社のチカラでもありますが、その客さんがリピーターになるかどうかは、最終的にガイド個人の生き方や人柄といったパーソナリティーが全てなんです。言い方を換えれば、あなたのファンになった人がリピーターになる。実際、北は北海道、そして南は九州から、休みの都合を付け、飛行機を乗り継ぎ、電車を乗り継ぎ、船を乗り継ぎ、時間とお金をかけて遠路遙々合いに来てくれる人たちがいる。そうした方たちにどれだけ楽しんでもらうか。いただいた感謝をどうやってお返しするか。全てはガイド個人の生き方や向かい合う姿勢にかかっている。生き方がまんま仕事になっていくんです。
ガイド業の魅力
まとめると、ぶっちゃけガイド業は決して割に合う仕事ではないけれど、ぜんぶを差し引いたとしても、「たくさんの人に出会えること」ここがなによりの魅力だと思います。島にいながら全国各地からたくさんの人たちが遊びに来てくれます。価値観を共有できる友だちが全国に広がっていきます。仲良しになったリピーターさんたちが毎年遊びに来てくれます。こうした「人との出会い」が他の仕事にはないガイド業の一番の価値でもあり魅力でもあると思います。
補足事項:ツアー事業をはじめた経緯について
1.いつもの小豆島を伝える
かつての日本の大動脈、瀬戸内海。この海域には日本の歴史や文化がたくさん詰め込まれています。そして、大小700を超える島々には文化の香りがするおもしろい場所がたくさんあります。が、そうした場所はガイドブックに出ることはありません。そうした場所の多くは「生活の場」のであったり「祈りの場所」であったりするから出したくても出せないんです。(地域の人に迷惑をかけるので)逆を言うとガイドブックに出ているのは、「いつもの暮らし」からは遮断された人工的な観光地ばかり。これは非常にもったいない!というかそれじゃ本当のところが伝わんない。というわけで、それがツアーをはじめた一つ目の理由です。
2.目に見えないものを伝える
島に暮らす僕たちが思う小豆島の一番のお気に入り、そしてオンリーワンにして最大の資源はなんといっても日本一空気が乾燥したここだけの超ドライな「島風」です。目には見えませんが、確かに存在するこの独特の風が島の産業を育んできました。かつて小豆島は塩の一大生産地でしたが、塩産業も、醤油、素麺、オリーブと続く産業も、ぜんぶ島風を利用した産業なんです。例えば、素麺は外に天日干しして乾燥させますが、風が湿っていたらいい素麺はできません。オリーブは自力では実が付かないため、他の種を授粉させる必要がありますが、通常は虫が花粉を運んで授粉させるのに対し、小豆島の場合は風が花粉を運ぶことで実が生るという仕組みです。オリーブはどこでも育ちますが、実(み)はどこでもならないんです。それが小豆島のポテンシャルなんです。
それはさておき、この恵の風がほんとに気持ちよくって最高なんです。特に山に登ったり、海に出ると、ほんとに風が気持ちがいい。ヨットマンたちは「サンディエゴの風っぽいなあ」と言いますが、正にそんな感じのドライ感。が、風や温度や匂いや味、といったものは、残念ながらメディアでは伝えることができません。つまり、ライブじゃなきゃ伝わんない。五感じゃなきゃ感じることができない。というわけで、それがツアーをはじめた二つつ目の理由です。
3.小豆島を知ってもらい、楽しんでもらい、好きになってもらう。
また一方で、小豆島は高齢化が進む過疎地でもあります。若年層の進学就職に伴う人口流出と高齢化により人口はどんどん減っています。合わせて、高齢化率もどんどん上がってます。大都市と比べると約20年早く高齢化が進んでいます。つまり、時代の最先端です。10年後は高齢化率約50%です。えらいこっちゃです。が、しかし、一端外に出た若者はなかなか帰ってきません。仕事がないから。というのが大方の意見です。でも、企業はみんな人材不足でひーひー言ってます。そう、選ばなきゃいっぱいあるんです。若者が就職したいようなお洒落に見える会社がないだけで、無ければ自分たちでつくればいい。その他、田んぼの草刈りだとか、やんなきゃいけない仕事もたくさんあります。でも人が少なくなると、手入れができなくなって田畑はどんどん荒れてきます。景観が荒れたら誰も遊びに来てくれなくなるんじゃないか。そうした不安もあります。
そこで思い付いたこと。島の若者が帰ってこないのであれば「価値のわかる外の人」に来てもらえばいいんじゃねえの?というわけで、これがツアーをはじめた三つ目にして最大の理由です。そのためには、まずは島を知ってもらわなきゃはじまらない。楽しんでもらわなきゃ前に進まない。そして、いいところやわるいところも含めて、ありのままの素顔を知ってもらった上で、島を好きになってくれる人が増えたらいいな。願わくば島に暮らしてみたい。そんな人が増えたらいいな。そんな思いを乗せてツアーをはじめました。結果、たくさんの人が移住しました。はじめてよかった・・・。
エコツーリズについて
ぼくたちのツアーをカテゴライズすると「エコツアー」あるいは「エコツーリズム」ということになります。その他、「農」を中心とする「グリーンツーリズム」や、「海」を中心とする「ブルーツーリズム」なんていうのもありますが、言葉はさておき、概念を一応説明しておくと、
エコツーリズムとは、自然や生態系、郷土の文化など、その地域にもともと存在する独自の資源を活用し、それらを楽しみながら守り抜いていく観光スタイルのこと。
つまり、それまでの観光の主流だった箱物をつくって団体客を流し込むといった「マスツーリズム」とは真逆の、個人を対照とした体験型の観光スタイルのことです。時代の潮流が変わりはじめたのはインターネットが普及しはじめたこと。それまで遠くの情報はあまり手に入らなかったので、観光と言えば大手の旅行会社が主催する団体ツアーが主流でした。ところが、時代が成熟し、経済的にも豊かになりはじめると、海外旅行が当たり前の時代になり、旅の多様化が進みます。そして、インターネットの爆発的な普及により、完全なる個人旅行のスタイルへとシフトしていきます。
こうした中、時代は観光地を見るだけの「物見遊山」的な観光から「体験型」の観光へと変化してきます。並行して地球環境に対する様々な諸問題がクローズアップされ出したことを受け、あらゆる分野で環境に負荷の少ないローインパクトな取り組みが求められるようになってきました。こうした時代の変容に合わせて誕生したのがエコツーリズムです。ちなみに、ぼくたちがツアーをはじめたのは2007年でしたが「エコツーリズム推進法案」ができたのは翌年の2008年。環境省が主導して制定されました。要するに、まだはじまったばかりだということです。
ガイドは人と人、人と地域、人と自然を繋ぐ媒介者
ガイドは別名「インタープリター」とも呼ばれます。日本語にすると 「通訳者」 や 「解説者」 という意味合いで、定義としては「自然と人との仲介となって解説を行う人」あるいは「目に見えるものを通じて、それらの裏側に隠れている目に見えない意味や歴史などを個人の生き方やフィルターを通してわかりやすく伝える人のこと。」(日本インタープリテーション協会)とあります。言葉にするとちっょと難しそうに感じますが、例えば、「さかなクン」が海辺のガイドだったとしたらどうでしょう。非常にわかりやすくおもしろい解説をしてくれるとお思いますよね。実際、彼は魚好きが高じて今や東京海洋大学の准教授ですからね。