第1章 シーカヤックガイドの仕事

kayak

風を操り笑顔をつくり出す。

シーカヤックガイドは文字通り、シーカヤックという旅の道具を使って海を案内するのが仕事です。ツアーには全国各地から世代やタイプの異なる様々なお客様がいらっしゃいますが、全てのお客様に対し、緊張を解き、リラックスしていただきながら、自然の中で遊ぶ楽しさや、海と調和する心地よさ、開放感や爽快感といったものを全身で感じていただくこと。そしてツアー終了後にすっきりとした最高の笑顔を持ち帰って頂くこと。それがサービス業としてプロガイドの仕事となります。では、具体的に見ていきましょう。

1.使命と役割

シーカヤックガイドの実質的な仕事は「海上における安全管理と娯楽の追求」この二つが大きな役割であり、使命であり、終わりなきテーマとなります。また、シーズン中の仕事には大きく分けると「陸での仕事(準備作業)」と「海での仕事(ガイディング)」の二つがあります。海のガイドというとイメージ的に海の仕事を連想しがちですが、実際のところ、「ツアーそのものは氷山の一角」に過ぎず、仕事の大部分は陸での準備作業や段取り作業といった裏方仕事が中心となります。一見すると表舞台の仕事のように見えて、その実地道な裏方仕事の連続。同じく海上におけるガイディングにおいても黒子に撤することがガイドの仕事となります。商業ツアーである以上は、ゲストに光を当て、楽しんでもらうことがガイドの使命だからです。

総じて、主役を輝かせるためには名脇役がいるように、ゲストを楽しませ、輝かせるのがプロガイドの仕事。「西遊記」 で例えるなら、ゲストは三蔵法師で、ガイドは悟空や沙悟浄や猪八戒。パドルは如意棒でカヤックは筋斗雲。でもって、幾多の苦難を乗り越えながら天竺まで旅をお供する。ガンダーラ。という感じでしょうか。

パドル
ガイドの相棒 如意棒(パドル)日本語では「櫂」(かい)襲いかかってくる数々の至難をこれでやっつけます。

2.陸での仕事 ~ 仕事の大半は陸での準備作業

日々のツアー業務は陸での準備作業に終始します。準備にも大きく分けると二つの作業があります。まず一つ目はカヤックやパドルなどの道具類の準備。及びカフェやランチなどの準備といった、いわゆるモノの準備作業です。そしてもう一つは、天候や参加人数を踏まえた上での航海計画や行動計画といった脳内作業です。とりわけ航海において重要なのは、一日の天候がどう移り変わるのか。気象※1を読み抜き、万全の備えをしておくことです。なぜなら、海の天気は変わりやすく、なおかつ一端海に出たら容易に引き返すことができないからです。

具体的には、潮(潮汐)はどう動くか。気圧はどう変化し、風や雲はどう流れるか。雨はどうだ。暑くはないか、寒くはないか。道具や装備に不備や綻びはないか。時化た場合の避難ルートや避難場所は決まっているか。などといったことですが、実際のツアーは流れに任せているようで、すべては用意周到、計画的に動いています。もちろん全てが計画取りに進むとは限らないし、咄嗟の状況に対応しなければならない時もあります。したがって、起こりうる全てを想定し、万全の準備を施しておくことが安全をキープするための第一歩となります。

ここで実際のツアーにおける一例を紹介しましょう。例えば雨や曇りの日などは、濡れたり寒がる人がいるかもしれません。で、実際に寒そうにしてる人がいた場合には、バッグに忍ばせておいたウエアをサッと取り出し「これどうぞ」と貸してあげる。あるいはササッとお湯を沸かして湯気立つホットドリンクを用意してあげる。と、そこに人が集まり「笑顔の輪」が登場する。更に高度なやり方としては「30分後に雨降るかもよ~」と予告しつつ、さりげなく雨具を配り準備をしておく。と、忘れかけた次の瞬間ドッカーンと雨が降る。と、みんな大喜び!といった具合ですが、要は「そんなこともあろうかと」と、いろいろな仕込みをしておきます。で、読みが ”バチッ” と決まった時は気分爽快な一日となり、それが結果として「楽しい時間」に繋がります。

総じて、満足してもらうことは当たり前。それを超える嬉しいサービスを提供できるかがプロとしての腕の見せ所。そのためにはガイド自らが一瞬一瞬の小さな変化を見逃さず楽しむこと。共有すること。そして人を思いやる「気配りや心遣い」こそがなによりのサービスに繋がります。

アウトドア
前線通過中は大気の状態が不安定。突風が吹いたり、ゲリラ豪雨に遭遇することもある。そこでは薄いナイロンジャケット一枚が明暗を分けることもある。万全の準備を施し、如何なる状況でも快適に楽しく過ごす。非日常だからこそおもしろいアウトドアの楽しみ方を提案することがガイドの仕事だ。

3.海での仕事 ~ ガイディングについて

次に海での仕事を解説します。ただし、ガイディングは本が書けるくらいのボリュームがあるため、ここでは要点(理屈)だけを解説します。(具体的な仕事の流れは次章で解説します)

冒頭でも述べた通り、海での 「安全」 を守るためには、 「緊張を解き、リラックスしてもらうこと」 が、なによりの近道となります。人は怖がったり緊張したりすると無意識に筋肉が固くなり、思うように漕ぐことができなくなるからです。同時に視界も狭くなり、周りが見えなくなることでバランス感覚を失います。と、次の瞬間ひっくり返る・・・。なんてこともあります。このことはスポーツ万能な人であっても同様。どんな人でも海が 「怖い」 と思った瞬間、体が動かなくなります。

対して、それほど筋力の無い女性や子どもであっても、ワクワクドキドキ楽しんでいる人や笑っている人。鼻歌を歌っていたり、肩の力が抜けている人は意外にも最初から漕げることが多いのです。そしてコツを掴み出すと楽しくなって、どんどんスピードが上がっていきます。と、どこまでも行けそうな気がしてきます。こうして遊んでいるうちに視野が広がり、海との距離感が縮まっていきます。

もうおわかりだと思いますが、カヤックは運動神経やパワーではなく、メンタルが重要なスポーツだということです。よって、ガイドが果たすべき仕事の一番は 「緊張を解き、リラックスしてもらう」 この一言に尽きると思います。そして二番は 「漕げるようにしてあげること」 この二つは実質同義語でもありますが、漕げるようになると楽しくなり、楽しくなると漕げるようになる。と、視界も広がり周りが見えるようになる。結果、より多くの情報をキャッチできるようになることで、未然に危険を回避することができる。という仕組みです。

まとめると、意識が自分の内側にあるうちは思うように力を発揮できませんが、リラックスし、意識が外側に向かうようになると「無意識下の力」(潜在能力)を自然に発揮するようになります。と、それまで気がつかなかった情報がどんどん自分の内側に流れ込んで来るようになります。見えなかった風景が見えてきたり、小さな生きものたちの存在に気が付いたり、風が運んでくる木々の匂いを感じたり・・・。そして更に長距離を漕ぐと今度は五感を超えた六感が働くようになります。例えば、風の感触や生きものたちの動きから、少し先の天気が読めるようになったり、パドルから伝わる水の感触から潮の流れが理解できたり、水中の見えない生きものたちの気配を感じたり。などなど森羅万象から様々な情報を感覚的に掴めるようになってきます。

つまり、「海が楽しい」 と感じる中身は「自分の中の感覚や常識がどんどん変化すること」にあるのです。最初のうちは海上に広がる手付かずの風景や大自然の雄大さに感動したり。といった「目に見える感動」からはじまりますが、漕ぎ進むに連れて、より「内面的な感動」へと変化していきます。ここがカヤックのおもしろいところです。自分の中に眠っていた新たな感覚に出会う喜び。なにもない大自然の中に宿る豊かさの感覚。そうした感覚に出会えることがシーカヤックならではの楽しさであり、それらの感覚を導き出したり感動を共有したりすることが、ガイドの一番大切な仕事なのかもしれません。

シーカヤック
カヤックの楽しさは、目に見える感動よりも、目に見えない内面の変化にある。